萩原健太郎のDESIGN FROM SCANDINAVIA

北欧に造詣の深い、ジャーナリストの萩原健太郎さんをお招きして、北欧デザインやライフスタイルについてうかがいます。毎月1回、第4金曜日の更新です。


第七回

映画『365日のシンプルライフ』から学ぶモノとの関係性


2013年公開のフィンランド映画『365日のシンプルライフ』をご存知でしょうか?
僕は日本で公開されてすぐの頃に観て、また先日、トークイベントで映画について話すことになったのをきっかけに観直しました。


映画『365日のシンプルライフ』


この映画は、日本での公開から7年が経過した今も、単なる映画としての存在を越え、フィンランドのカルチャーを伝え続けていてくれるように思います。
“ミニマムライフ”などの言葉が頻繁に聞かれるようになった時期とも重なりますし、2014年に鎌倉から始まった、フィンランド発のアップサイクル・カルチャー・イベント「クリーニングデイ」も今ではすっかりお馴染みとなりました。
https://cleaningday.jp


「クリーニングデイ」のロゴ


僕は、北欧のデザインに、それらが生まれた国に憧れて、1年ほどデンマークに暮らしたことがあるのですが、あらためてモノとの関係性について考え直すいい機会となりました。

『365日のシンプルライフ』の監督・脚本・主演を務めたペトリ・ルーッカイネン(1984年生まれ)は、趣味のレコードをはじめ、モノにあふれた暮らしを送っていました。
しかし、彼は失恋を機に、ある実験を試み、それを映像に記録する決意をします。
実験のルールは、以下の4つ。
① 自分の持ちモノすべてを倉庫に預ける
② 1日に1個だけ倉庫から持ってくる
③ 1年間、続ける
④ 1年間、何も買わない

登場人物は、主人公をはじめ、主人公の家族、友人、恋人など、すべてがリアル。
だからこそ、クスッと笑えたり、ホロリときたり。
映画を観た人は、ドキュメンタリーというけど、ペトリ自身はラブストーリーというのもおかしい(笑)
(実際、映画の後半にできた恋人と、後に結婚するわけだけど)


詳細は映画を観てもらうとして、ペトリが3日目までに持ってきたものは、次の3つでした。
・コート
・靴
・毛布

まあ、全裸からスタートだから、当然といえば当然かもしれないけど……
「衣食住」っていうけど、個人的に、なぜこの順番なのだろうとずっと思っていました。
でも、生まれたばかりの赤ちゃんは、まず「おくるみ」に包まれるし、人間にとって根源的に必要なのは「衣」なのかな、と思ったりしました。

自分なら何を選ぶだろう…って考えたとき、3日目までにスマートフォンが入るだろうな、と想像して、少しげんなりしました。
しかも、その翌日には充電器を選びそうで(笑)

CMやミュージックビデオなどの制作を仕事にしているペトリも同様、すぐに選ぶだろうと思っていたのに、意外なセリフ。
「携帯電話から解放されてうれしい」
そこでハッと気づきました。
だから、フィンランドの人々は、夏の長期休暇に森のなかや湖畔の小屋で過ごすということを。
あえて、“つながらない”時間を楽しむために。

そういえば、以前は地下街や飛行機に乗っているときなどは携帯がつながらなくて、多少不便ではあるけど、ホッとした気持ちだったことを思い出しました。
今はどこにいてもつながりすぎて、気疲れしてしまう……


話は変わるのですが、僕は、“断捨離”という言葉が好きではありません。
何かこう、自分の大切な一部を引き裂かれるような痛みを感じるからです。
ペトリのおばあちゃんのセリフ、「持っているモノの多さで幸せは計れない」「人生はモノでできていない」というのも真実ですが、同時に自分の持っているモノは、歴史の一部でもあると思うからです。

だから、映画『365日のシンプルライフ』を観る前、少しつらい気持ちになるのかな、と思っていました。
でも、実際はぜんぜんそんなことはなくて、その理由を考えてみると、ペトリはモノを処分していったのではなく、いったんリセットして、モノと向き合いながら一つ一つ“増やしていったから”だと気づきました。
だから悲しくないし、共感できたのだと思うのです。

僕は、モノが、特に北欧のモノが好きです。
だから、それらを文章や写真で紹介する仕事をしています。
今は、“ミニマリスト”と呼ばれる人たちが登場し、何か最先端の生き方を実践している人たちのように取り上げられることが多い気がするのですが、それはライフスタイルではなく、一つのツールとして考えたらいいのでは、と思います。

やっぱり、モノは人生を豊かにしてくれるものだと思うから。
時と場合によってツールとして使い分ければいいのではないでしょうか。

 


『365日のシンプルライフ』DVDブック。DVDに、「映画の『その後』を語る本」が付録としてついています
https://kinologue.thebase.in/items/35641220


萩原 健太郎


萩原 健太郎

http://www.flighttodenmark.com
ジャーナリスト。日本文藝家協会会員。1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演、百貨店などの企画のプロデュースを中心に活動中。著書に『北欧の絶景を旅する アイスランド』『フィンランドを知るためのキーワード A to Z』(ネコ・パブリッシング)、『北欧とコーヒー』(青幻舎)、『にっぽんの美しい民藝』『北欧の日用品』(エクスナレッジ)、『北欧デザインの巨人たち あしあとをたどって。』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『ストーリーのある50の名作椅子案内』『ストーリーのある50の名作照明案内』(スペースシャワーネットワーク)などがある。


店長カトーより

 

「ここにこんなものがあればもっと素敵になるのにな」という時に、数年前に直感で買って大事にしまっておいたものがピン!と思い出されて、掘り起こして置いてみたら最高にピッタリ!ということが去年からちょこちょことありました。布石を打っていたつもりはなかったけれど、人生という物語の中で伏線を回収したような愉快な心持ちでした。私もモノが大好きです。